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そういえば、一年の半分が過ぎ去ったということです。



2012年で非常にしんどい思いをしていた自分は「今年こそは!」と決意を新たにする。



毎年、初詣は、島根県の八重垣神社と、出雲大社。



めったに書くことのない絵馬を、奉納した。



たしか、

「強くなる」

だったと思う。





「強くなる」とはどういうことか。



神さまからその答えを与えられた。



決して、我を張るということではないということ。



人を蹴落とし、優位に立つということが「強くなる」ということではない。



「自分に克つ」ということ。



自分に克つということは、

「自我」を棄て、「真我」に生きる、ということ。





真我に生きるとはどういうことか。



「私が生きる」のではなく、宇宙によって、全面的に生かされ、ただ導かれてるということ。



そこに、一切の不安も恐怖もない。





自分と他者は別々ではない、ということ。





「人の心の奥底は無限だ」とことばでは知っていたが、

ふと、仕事の帰り道に、夜空を見上げて、小さな田んぼ町の中の宇宙の大きさを想う時、

「自分は、無限のなんたるかを一切知ることができない」と絶句した。



そして、心の中には、その宇宙を凌ぐ、大いなる宇宙が息づいている。



キリスト教の信仰では、この大いなる宇宙を創った神自身があまりにも罪深い人を愛されたため、人となって私たちのうちに宿られたという。

つまり、私たちのうちには、目で捉えることのできる宇宙一切のものが、一切余すことなく、完全に与えられているのである。



そして、神自身を、「私」はリンチ、暴行し、あらゆる悪を行った挙句、吊りあげてむごたらしく殺してしまった。



なんという馬鹿な神であろう!



しかし、なおその神は私に一切の障壁なく、おのれのすべてをかけて私を愛して、すべてを与え切ってくださっていた。



なんという馬鹿な神であろう!





しかし、私も、そのように馬鹿でありたい。

そのように、馬鹿を貫いて死んでいきたいのだ。











心の教えというものは、単なる目に見えない気休めのように、感じていた。

なぜなら、多くの人が、それに気がついていないから。



でも、やはり説明できない「確信」が、私のなかに生きている。





今回立てた「強くなる」という誓いは、

私の中の過去のわだかまりとの戦いだったのかもしれない。



「自分は正しくて、相手は間違っていた。」

「あいつは最悪な人間だ」

という気持ちに心が引きずられ、結果として、私は私自身を苦しめていた。



怒りや、悲しみや、悲嘆や、落ち込みや、

そして、不安や恐怖。



いつも、自分の中には、心休まることのない不安や緊張が入り混じっていて、いつもそこから抜け出す方法を考えていた。





答えは、

「許す」



「あわれむ」

そして、

「怒らない」



ということだった。











すぐれた人がいたら、尊敬して、尊重し、彼らを讃える。

そして、自分を傷つける人がいたら、彼らを許すこと。



また、自分自身を全面的に許す、ということ。



自分にとっていいものだけでない。悪いことも含めて、あらゆるものに、無条件に感謝するということ。





何事も、自分を勘定に入れずによく見聞きして、分かる、ということ。





それを学び、幸せになるために、私たちはそのような課題を与えられています。





神から与えられた試練は、ときには死にたくなるほど重くのしかかってきた。



しかし、学ぶことや恵みは、その何百倍も与えられる。



さえぎっていたのは、小さな小さな「我」(エゴ)でした。



人と人との小さな我のぶつかり合いの中で、それが実在に見えてしまい、それがやはり現実なのだと、私たちは錯覚するようになり、そこで苦しみが生じる。





私たちのうちの真我や仏性を信じよう。



そして、他人から何を言われようが、

一切の人からの見返りを求めず―いや棄ててもいいから、

あなたの最も善いと思うありとあらゆる善行だけを淡々と粛々と行い続けよう。









誓いを立てたから、空手を再開して4カ月。

まさか、試合のマットに立つほどまでになるとは思わなかった。



ひどい鬱や吐き気に苦しめられ、体重も減り続ける。もうだめだという逆境も経験した。





でも、ここまで来れた。



初めに目標にしていたジャンピングスクワット250回も、はるかに超えて、400回飛び終えることができた。







我を張り続けると、人は弱くなる。



我を棄てれば棄てるほど、

人を許せば許すほど、

神は、すべてを注がれる。

私は、与えられたすべてを、あなたに帰す。





相手に、心からの尊敬を込めて戦おう。



勝敗よりも、はるかに偉大なもののために戦おう。





天地万物は一体。すべてに感謝をこめて。









今、改めて読み返しているお釈迦様のことば。

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2013.07.12 Fri l 未分類 l COM(0) TB(0) l top ▲

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