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観察していると、カルトと言われる宗教に入って熱心に信仰し、学ぶ人ほど裏ではその奥になにか心の闇を抱えている人が多いようです。



そして、案の定、父親が支配的だったとか、母親が五月蠅く教育熱心だったとかいうことをきくことがよくあります。





総じて彼らは、やさしい。

自分に対してどこまでも誠実であろうとする。

どこまでも、清きまったき者であろうとする。



「いい人」をどこまでも演じようとする。そして、少しでもそれから外れると、世の中の善良な人々に糾弾されていく。



傷つくこと、傷つけられることにひどく敏感。



傷つけられても、他人の言いなりになるしかない。



そして、怒りを抑圧し続ける。



皮肉なことにそれゆえ、社会や世間に対しての敵意もなみなみならない。



誠実な彼らは、いつのまにかどこかでつまはじきにされて、「反社会的」になる。

あるいは、アルコールやドラッグにおぼれる。



社会は、彼らを非難する。

彼らは、そして、さらにそんな自分を責めていく。



自分は、地獄に堕ちる以外道はない、と。



愛情を与えてくれるものにことどとく依存しようとする。



恐れが裏にある愛情がある。



逃れることはできない。



真面目な人間ほど、真面目にカルトにおぼれ、真面目にドラッグをつかい、真面目に壊れていく。







私自身も。







自分一人の力ではどうしようもない。

誰か専門家の助けが必要だ。









今朝の、母親が唐突に私に語ったこと。





「アスペルガーの人は、親の言うことをしっかり聞かなければならないんだって。

非常識だから。

親が、世間なの。

ネットにも悪口とか書いちゃダメよ。」





太宰治の『人間失格』の

「世間とは、あなたのことでしょう。」というフレーズをありありと思い出したりもした。



人を怒らせるのが怖い。争うことに恐れを感じている。

だから、何も言い返せない。





でも、自由にならなきゃな。

反抗しなきゃな。







いつも、勇気をもらってるのが種村さんはじめ、アンチさんたちのブログ。



あんなに、タカシを笑い飛ばせるなんてうらやましいなと感じたりします:*:・( ̄∀ ̄)・:*:



一人で恐れながらウジウジと考えても分からなかったことに、背中を後押しされています。

尻馬に乗るような形ですが、応援させていただいています。



本当に感謝です







叫んでみたいっすよ。





偽仏陀バカボンF××K

って(笑)







真実を語るブログで、心を射抜かれるような投稿に出会いました。



神への裁き。神の沈黙と、絶望。自殺願望。





私もカトリックの洗礼を受けてからも、それは経験しています。



彼女はどう、「内なる神」と出会ったのか。続きが楽しみです。





もうひとつ、ダブルバインドについて学問的に解析していた記事があったので、「これだ」と思いました。









「いつでも、抜けられる。」



だからこそ、「いつまでたっても抜けられない」



「優柔不断」を超えて、麻薬のような共依存の関係にある自分に気がつきました。







親子関係も、宗教関係も・・・。









脱会の時は今!



いつ脱会するの?今でしょ!





というコピーに煽られて、現在脱会通知を書いています。







『太陽の法』p303



執着を断つことは、人生における一大決意だと言えます。つまり永遠の人生において幸福を保証する英断であります。

(中略)

世の人々をよく見てごらんなさい。執着のある人々のなんとよわよわしいことでしょう。

なぜ、自分の地位や名誉、あるいは、他人と比べた年収などに執着するのでしょうか。

なぜ、学校の名前や会社の名前に執着するというのでしょうか。

そんなものに執着して一体何になるというのでしょう。





↑タカシ、お前はどうなんだって(ノ´▽`)ノ ⌒(呪)





皮肉なことに、あなたのこの言葉が、今の私に勇気を与えてくれました。



私自身がこの期に及んでいちばんあなたに執着していたのかもしれませんね。





カトリックでは、洗礼を受ける、つまり新しく命を与えられるには、一年以上の求道期間があります。



私が、脱会という一大決意をするまでに、5年以上の歳月がかかりましたが、

執着を離れる、偽仏陀の呪いから解き放たれて、新しい命に移行するのにも清められる期間があってしかるべきなのかもしれません。







前は、神など人間の妄想とか、虚妄だとか思わざるを得なかったのですが、

今は、なぜか素直に、私を救いだして下さり、支えてくださっている「神」に感謝できます。





シャワーを浴びたあとのようなすがすがしさですヾ(@^▽^@)ノ







喜びのうちに、ひとり脱会パーティなんてのもアリかななんて思っています(笑)



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2013.05.01 Wed l 未分類 l COM(0) TB(0) l top ▲

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