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「幸福の科学」元幹部の種村修さん、元オウム真理教、現在「ひかりの輪」代表の上祐史浩氏、と続いて、臼井正己氏とお話をしに行った先は、

なんと、「幸福の科学」の大川隆法のご婦人で、離婚で除名処分になった大川きょう子氏。少し前までは「幸福実現党」の元党首でもありました。

「幸福の科学」アフロディーテ会会長でもあり、私が会に入会した時は、支部長から「教える先生は、大川隆法総裁先生と、大川きょう子副総裁・総裁補佐先生の二人だけだからね」と言われた、教団の片腕を担う存在です。

私たちにとっては、「信仰の対象」で雲の上の存在であったものが、都内の高級喫茶店でフランクに語り合えるなんて、想像もつきませんでした。



きょう子さん本人は、「いえ、私は今はいつでもみなさんと一緒にいますよ」と。







私も本を上梓しまして、きょう子さんに渡しておきました。詩集『いきることば』。




イメージとしては、普通でしたが、良き母、組織の良き引率者そして、良き霊能者、という感じでした。

会員からは、「文殊」「ナイチンゲール」「アフロディーテ」の生まれ変わりとされてきたのが、除名処分になって、あっという間に「悪魔」「現代のユダ」という汚名を着せられていますが、

雑誌などで報道されているヒステリックな人というイメージからはかけ離れていて、態度としては至ってきれいでした。





きょう子先生は、私たちが、「ひかりの輪」の上祐氏と対談をしたということに対しては、少し批判的でした。



最後には、殺人犯になった過去があり、その中の思想には「毒麦」がやはり紛れ込んでいたということ。

洗脳は解けていると弁明しても、「もとはそれだから、その教えを信じた人の行為、果実がまだ検証できていないでしょう」と。

毒麦がどこに入っているかまだ分からない。教義や弟子の中にあったのであれば、また芽生える可能性もある、と。



では、本題。

「幸福の科学」については?


97年から決定的におかしくなった。差別的に曲がってしまっている。

寛容で明るい感じがなくなった。みんながおかしいと感じたので「封印」に入った、と。

91年がターニングポイントだったのかもしれない。政治的アジテーションで創価学会にぶつかろうとしていた。

総裁は、「過去世の妻」を並べて、自分の部屋に呼んで愛人にした。私(きょう子)も信頼を失い、幹部も衝撃を受けていた。



一方では、批判もきょう子氏にたいしてはネット上ではあるということを言いました。

きょう子氏に対しては、もっと反省をしろ、と。



きょう子氏は、「個人資産で、給料でやっています」とのこと。確かに、教団の皆さんのお布施はもらったが、個人資産ではないと思っています。皆さんからくれた善意だと思って感謝して、被災地の復興につかっています。信者のみなさんのねがいの通りに使いたい、とのこと。信者の皆さんも被災地の復興のためになにかやりたいと思っているでしょう。



カトリックの教会に通い始めたきっかけは?


エルサレム旅行ですね。神のお導きです。

私は、もともとプロテスタントの教会に高校時代から自分で行っていました。「子どもなのに自分から教会に来るとは珍しい」と言われましたね。自分で聖書も勉強していました。受験会場に、参考書の代わりに聖書を持って行っていたほどですよ。



夫(大川隆法)から、「離婚したら悪魔になる」と言われていて怖かったんです。本当に辛い想いをしていました。

選挙から間もない2009年に、エルサレムの聖墳墓教会で、泣きながら30分間祈りをしていました。教会内で写真を撮ったら、大きな光が映っていました。これは、「聖霊が来ている!」と。エルサレムのどこの教会でも光が来ました。

幸福の科学にいる間は霊能力はあったものの、幸福感は消えていて、脅かされていました。

その後、大悟館(白金高輪にある大川隆法の邸宅)からヘンテコなFAXがたくさん来ていて、「帰ってきてください」だったが、エルサレムからは帰れないと思った。

そして、帰ったら、離婚というご指示になりました。がっくりきましたが。



今は、愛情は夫には全くありません。でも、子どもには会いたい。




教団のこれからついては私も分かりません。

神の指示がなければ、私は動けません。今も神の指示で東北に行っています。人間がやるから間違いが起こるんです。神の指示、霊示がないと宗教ではありません。

今の夫には悪霊しか入っていません。実践ができない教えです。

おそらく、スタートから間違っていたのでしょうが、その間違いがどこかは私にも分かりません。



カトリックの歴史を、ある神父様のところで勉強させていただいていますが、キリスト教の歴史は、全部カルト問題を抱えているんですね。カルトにはまると、乱行が始まり、殺し合いに発展していきます。宗教戦争でもそうですが、オウムの信仰と近いですね。



仏教では、反省の大切さを説いていますね。



仏教では、昔は阿羅漢(霊的に目覚めて悟った人)からは後光が出ていて、何十人と分かり、認定ができたんですよ。徳を積んだお坊さんにも光は見えます。天国と地獄を見分けるのは、光っているかそうでないかです。

でも、集団になると論理が通用しなくなる。新新宗教の問題ですが、オウムの人たちも恐らく死んでもそのあとそこが天国と思っているのでしょう。

正見や正語に対して恐れをいつも持っているのがまともです。恐れを持っていなければ慢心してしまいます。

だから、みんな間違えないようにしっかりとした師を持つことが大切ですね。私にもカトリックのH神父にお世話になっていますが。

どこに正見があるか分からないんですね。

私(きょう子)にも分かりません。だから、ミサに行ったり、聖書に戻ったりしています。




(まだまだ、びっくりな情報が盛りだくさんです。続きます。)
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2012.07.25 Wed l 未分類 l COM(0) TB(0) l top ▲

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