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先日「ひかりの輪」の東京総合本部に、『毎日が革命』などの著書を出している臼井正己氏と行ってきました。

毎回のことながら、公安警察の検問を受けましたが。

それを口説く臼井氏も臼井氏です(笑)



テスト期間で、本来は自分のなすべきことに集中しなければならないのですが、それよりもどえらい事が起ころうとしています。

その内部、中心部と直接コンタクトを取れるわけですから、高揚感もあるわけです。



代表の上祐氏と対談。


わたしは、メモ取りに必死でした。



論点は、やはり「幸福の科学」について。先日、元幹部の種村修氏らと会ったこともあり、告発の文書が載った『週刊文春』を臼井氏は上祐氏に提示。



臼井:これはもう、法の華の福永法源と変わりませんよ。でも、本自体はとても良いんですね。学習団体として、元幹部先導でやっていけたらとしてはよいですよ。



上祐:この、「大川総裁に異を唱える者に対して、『あの人には魔が入った』と決めつけ、『だから事実無根のことを話している』というのが教団の論理であり、大川総裁には私たちが思いもよらないような深いお考えがあるに違いないと、会員は思い込み、事実から目をそむけ・・」というのは、オウムの麻原と同じですね。

(文春)「性の儀式」といういい方はサンデー毎日で麻原に対しても使われました。




臼井:逮捕されないのは、マスコミの怠慢ですよ。



上祐:アレフ(オウムの主流派)は著作権と賠償問題でやられますね。被害者団体と一緒に潰します。おそらく、そのとき、私たちひかりの輪にも情報の要請が来るかと。刑事告発を受けて、宗教団体としては終わるでしょうね。刑事告発は重たいです。



80~90年代に流行り、目立ったものが、今年に入って終焉を迎えてきています。旧いものが終わり、新しいものが出てこようとしている。宗教でなく、心理学的なもの。

オウムからも3人の逃亡犯が出てきましたし、アレフをやれば、麻原の死刑もスケジュールに入ります。

ウサマ・ビンラディンも殺され、サイババも亡くなった。



有田さんという参議院議員の方が幸福の科学を叩いているので、今度復縁する予定で対談することになるかもしれません。暴力と殺人以外オウムと同じですよ。

マスコミも関心を持つでしょうね。



アレフにはNHKがつくので協力します。

マスコミが露払いをして、社会問題になり、民事や刑事事件になりますね。



被害者の会も出来るかもしれない。

(ネット上では出来ているが・・・。)



麻原死刑、大川失脚、池田死亡、で宗教の時代が変わるかもしれませんね。



「尊師だったらよい」だと訴えられないのです。

大川氏にももてないコンプレックスがあって、それでこのような女性関係に走ってしまったり、権力を持とうとしたりしているのかもしれませんね。

「人は神じゃない」ということを学びましょう、ですよ。



邪淫・ちゅう盗は大川も麻原もやっている。大川の自己絶対性がありますよね。



最後は、現実逃避かな。



「私は、本当は神ではなかった」という告白本が出たら傑作だが、それはないかな。

大川自身が反省し、教団の勢力を縮小しても、女性と和解して再出発できるかですよ。



そろそろ詰みですね。



形骸化した伝統宗教対暴走している新宗教という図式はありますね。



それで、やはり、行きつく先は、「教育」ですよ。

追従ではなく、依存を棄て、自分の頭で考えさせる教育。

フランス革命で絶対王政を打破したのは教育でした。それで市民革命が起きて、民主主義が実現した。



今は、競争社会ですからね。

躁鬱にならないためにも、自他を区別しない、比較をせず、卑屈も慢心もないお釈迦様の「無我」の教えが必要だと思います。



他にも、幸福の科学内部や、オウム内部の雑談があったり、

あとは、原発や地震の安全と、お金や利権の問題についてなど。人はどうしても利権をとるということ、などなどがあったりしましたが、そこは割愛させていただきます。




一方、私は、その前日、幸福の科学の学生部のある渋谷までいって、高校生と熱いかたらいをしてきた。

彼らはどこまでも純粋で、心が美しい。なにより、「主エル・カンターレ」にたいする真っ直ぐな信仰と向上心を持っている。

全員を幸せにしようと、歴史を変えてやろうと頑張っている。純粋な大きな理想を描いて、涙を流しながら話し合っている。

純粋に彼らを応援し、合宿が上手く行くように祈るように応援したくなりました。

内部の事実を知っている私と、彼らの純粋な姿のギャップに、ただひたすら心の痛む思いのする私でした。



ある学生の一人が、私に。

「先輩、何か法を一つでも実践するのって難しいですよね」。



当の教祖が実践できていないことを、教祖はすべて出来ていると純粋に思いこんで自己変革に努めているのだろうか。

私は、「うん、そうだね。説かれている法は多いけれどもなにか一つでも自分のモノにできたら、それは立派だよ」と。



学生部の合宿は、とても感動的なもので、自分と同じ同年代の若者がこんなに夢や大きなビジョン、信仰心を持っているんだと知って、人生が変わったのを今でも忘れることはできません。



だからこそ、その信仰における葛藤が生じたときはいつも心にとげがあるような辛い気持ちでした。




まさか、自分がアンチになり、教団を潰すために動く立場になろうとは想いもしなかった。



でも、葛藤をしながらも、自分の魂の輝きは失わないで欲しい。

教祖の現実を知って、自暴自棄にならないで欲しい。

「魔法」がとけて、自分の心に寄り添ってくれたのが、ジョン・レノンの「GOD」という曲。

現実を見据えながら、自分の足で一歩一歩進んで行かなくちゃなないんです。でも、「希望」は失わないで。それが失望した時に彼らに伝えたいことです。



でも、信仰の名のもとに、人の心を傷つけたり悪魔扱いするような信者がいる限り、自分はできる範囲で警鐘を鳴らしたいと思っています。現実を見ようとしない信者も。



彼らが大切な存在だからこそ、観たくなかった真実を暴き、一度、教団は解散してもいいかと思っています。その日も遠くないでしょう。教団のための犠牲者を増やさないためにも。




これは、新宗教やカルトだけでなく、もちろん原理主義化やひどく保守化した伝統宗教にも言えることなのですが・・・。



いずれにしろ、幸福の科学という団体の、大川隆法にという「王様」はいまや「裸」の状態です。雑兵はそのことを知らずに、「主」を真っ直ぐに信じている。

でも、もう、マスコミによる「露払い」は進み、チェックメイト・詰むまで一歩手前まで来ています。



平成は、「宗教の時代」でした。それが、今後どうなるのか、手を出しつつ、注目しています。

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2012.07.24 Tue l 未分類 l COM(0) TB(0) l top ▲

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