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私が「三帰」(入会)したのが、2000年、中学一年生あたりのことですから、10年以上経って初めて、ビデオでしか見ていなかった本物の教祖(「総裁先生」と呼ばれている。)を間近に見たことになります。

先週も行ったばっかりなのに、再び親に突然、「琵琶湖行くよ。日帰りだから大丈夫!」と言われて「まぁ、いいか」と車に乗り込む。
琵琶湖につく直前に、「なんで行くの?」と聞いたら「お話があるからよ。」
「誰の?偉い講師さんとかそこらへん?」
「いや、大川先生の。」

びっくり!!
<早くそれを言ってくれよ!>





よく、キリスト教や他の新興宗教やってる友人から、「幸福の科学の信者ってどんな活動してんの?」「ミサみたいな儀式とかあんの?」「仏教系?キリスト教系?」とかよく聞かれるので、私の知っている範囲で説明しておきますね。
まず、「教学」といって、大川氏の書いた本(700冊以上!!ゴーストライターでもない!!)を読んだり、彼の「説法」のビデオを見て、幸福になるための教えである「仏法真理」の学習に励みます。
あとは、「伝道」といって、月刊誌なんかを家中のポストに放りこんで、未信者の啓蒙をはかるのです。
あとは、「支部」であるとか「精舎」であるとかに行って、「研修」であるとか「祈願」なるものを受けたりできます。
教祖は、自らをブッダの生まれ変わり、「エル・カンターレ」という霊存在であると称して、東洋文明と西洋文明を統合し、世界宗教もみんな自分が指導したものだという風にしていますから、新しい形態の宗教ということが言えるでしょう。彼らは、「新宗教」と分類されるのを嫌い、いずれ世界宗教になる「アドヴァンスト宗教」と言っておりますが。

私の場合、心の中では「棄教」して大川の個人崇拝もしていませんしカトリックの方に行っちゃってるのですが、「脱会」はしていない、仲良くしている人もいますよというスタンスです。

「琵琶湖正心館」という施設に来ると、「満員電車」とは言わないまでも人がごったがえしていました。
しかし一度、友人に創価学会の集まりに誘われて、久本さんの話を聞いた時は、超大きなホールがいっぱいになっていて、規模的には創価のほうが10倍以上あるかな、と思いました。

組織の方は、相変わらず「植福」(献金)に夢中なようで、被災した仙台にも「霊的に守られる!」と正心館の建立を計画して資金を募っているようです。


献金したら、「菩薩」になれる・・・。
なんか、昔のカトリックがサン・ピエトロ寺院改修資金稼ぎのために贖宥状(免罪符)売りつけたのに似ていると思うのは私だけでしょうか?


「おめでとうございます!」の声と、平積みされた先行書籍を売っているスタッフのみなさんがいました。
先週も会った女性職員さんの方ともまた会って、「直接御法話拝聴されるんですね!直接会われるのははじめてなんですか。おめでとうございます!質疑応答の時間もありますし、質問考えてきましたか?」などといった話をしました。

ポストカードを広げている年輩の女性の方たちがいて、絵が綺麗だったので、「わあ、かわいい絵ですね。」と声をかけたら、「どうぞ、いらっしゃい」


「お兄さんどこからいらっしゃったの?」「兵庫からです・・・」みたいな話をして、誕生日とか血液型から占ってくれる方もいました。
「自分の世界持ってますね。外国行ってみるのも手ですよ」なんてことを言われて、「確かになぁ」と思う。


ポストカードをいただいて、ほっこり。


そんなことをしているうちに、時間が来て、「礼拝堂」での法話の前に、栃木県の那須に新しく出来た「幸福の科学学園」の様子のビデオで見ました。
信者さんたちが、そろって「総裁先生大好き~」「ビバ!エル・カンターレ」といってこぞって賛美しておりました。
生徒さんたちは、成績優秀で、部活動においても素晴らしい成果を収めているそうです。
「みんなで頑張って未来の大鷲になるぞ!」「信仰のある子はとても優しいです。」「深い絆の仲間がいていいです!」「この学園を設立するためにお金を寄付してくれた方に感謝しています。」「将来の夢は・・・」「みんなが大きな大人になるので見守っていてください!」「高貴なる義務を果たします!」
など、最近の子どもには見られないような気慨の大きさに感心しました。

そのあと、やっと本物の「総裁先生」が壇上に登場。もうすぐ55歳です。
何万人の人間から崇拝されている彼の印象は、「意外と小柄なんだなぁ」「ビデオでみてるのとあんまり変わらないや」という感じでした。

演題のテーマは、「宗教教育はなぜ大切か」。

以下、内容。

分かる人には分かるが、分からない人には何日話しても分からないことで、日本にとっては大きなテーマ。
古来から宗教と教育は深い結びつきがあったということ。
中国では儒教が国家官吏の制度であったし、仏教や儒教は学問の代わりとして栄えていた。昔の大学としての機能を果たしていた。そして、「学徳」で人々を導いていた。
僧達は、入唐、入宋求道で、中国まで先端の学問を学びに行っていた。その仏教思想で国造りをしていった。
人類の歴史で宗教の役割は大きく、学問としても成り立っていた。
哲学は西洋思想の山脈を形作り、ソクラテスを超える哲学者はいないとされている。彼は霊的な体質で、ダイモンと呼ばれる霊と毎日対話をしていた。そして、転生輪廻も明確に示している。デカルトも霊を見ることができた。カントも霊的な世界に興味があったが、同時代にスウェーデンボルグがいて、学問の対象とそうでないものを分けた。
そして、カントの流れからあの世を信じない人が出てきた。
ニュートンに至っては最大のオカルティストであり、秘密結社のグランドマスタでありつつ、現実の仕事も出来た。
伝統から見てみると人類の歴史は宗教。
なぜ必要か、というと人間は常にフロンティア、未開拓のところに挑んでいくから。避けて通ってはいけない。立ち向かっていかなければならない。
現代の科学者もオカルティスト。大槻教授も宇宙人は否定していない。プラズマなどと言っているが、やはりプラズマも作った者がおり、その不思議も研究せねばいけない。
他の宗教と違って「教養宗教」はうちしかないんです。現代のことも、法律のこともできる宗教なんです。社会人を啓蒙するための機関として機能している。
未だに私は真理探究を続けている。真善美は信仰を通して目覚めたいもの。
歴史から見て宗教は常識である。日本だけが取り残されている。
共産主義の中国でも民衆レベルにおいては宗教に関心がある。
神の心を心として国を治めていく。「宗教があるから戦争がある」というのは間違い。それはお互いの理解の不足。
ルソーの教育学では、子ども時代は宗教の全体を教え、大人になってから自由に選ばせているが、世界では宗教教育は早いうちから始められている。
幸福の科学学園生の様子を見ていると、感謝の心を忘れていない。祈る姿は美しい。日本を変えるためには宗教改革が必要。「意味」を教えることによって善なる心をエデュケートすることが大切。広い土地を有効活用して未来のための教育投資に。那須では地元と仲が良い。いきなり、栃木ナンバーワン校の出現です。偏差値は65以上。80以上も5人も出ている。教員も大変である。関西にも幸福の科学学園を作る予定であるが医学や経営者中心の学校にしたい。

以上。だいたい40分くらいでした。
年輩の会員さんの方には、つい居眠りなどしている人などおりました。


次。
質疑応答。
みんながいっせいに手を挙げて「ハイ!ハイ!ハイ!」
当ててもらうコツは、目立つこと。
一人目に「幸福の科学の教科書を認定して欲しい」という看板をどでかく掲げた人が当てられました(笑
「総裁先生」は、学園では、現時点では一応認定されたものを使っています、と。Z会の教科書を使っています。中学までに英検準2級取る人もいる。準一級のテキストも出来あがっています。運動、芸術もレベルが高い。

二人目。
これは聞いてて、怒りを覚えました。
相談内容は「事業でいろいろあって行き詰って、うつ病になりました。全国の会員さんの中にもうつで悩んでいる人が多いと思いますが、ご教授願いたい」とのことでした。切迫した顔つきでした。
総裁先生、すかざず、「あなた、こんなたくさんの人前でしゃべれるくらいだから、その時点でうつじゃありませんよ。躁とのまちがいなんじゃないですか?」(会場内笑い)
個別的コンサルタントなので多分時間はかからず答えは出ます。決断ができないならトップにはなれないですよ。質の高さで生きのびるか、営業で生き残るか、この二つは重要です。
うつなんかどうでもよろしい。病院から何言われても無視です。合理的に考えて判断しなさい。
政権のトップには貧乏神がはりついてます。これをなんとか乗り越えたい。
基本的には自助努力です。付加価値、顧客の視点でものを考えなさい。
うつに逃げず、あなたの決断と意志と実行力です。忍耐してください。がんばってください。
余計なことは考えず、経営一点に。あなたをどんな形でも幸福の科学は支え続けます。

・・・これには、「この人、心の病に関して無知がひどすぎる」と思いました。
ちゃんと、感想のプリントにそのことは率直に書きましたが。まあ、トップの耳には届かないでしょうけれども。


そのあとは、とにかく「主に感謝」という具合で、講演は終了いたしました。


原稿も持たず、物事を順序立てて話して、最後には盛り上げて終わる、というパターンが多いです。
それが、月刊誌に載って、その後「○○の法」という書籍になるわけです。



すごい組織力ですよね。
一代で、宗教を興し、日本全国、果ては外国まで大きな施設を作り、「幸福実現党」なる政党まで立てて(マスコミにも無視され選挙も全敗しましたが)、学校まで興してしまうくらいの事業家ですから、とんでもないものがあります。

しかし、本当に、数メートル先で見た感じでは、「え?この人が?」と思うくらい「普通のオッサン」です。

「総裁先生」は、宗教、哲学、経営、法律の分野まで幅広く相当な知識を持っていて、それに「霊的なもの」を加えた、「スピリチュアルな知識人」であって、同時に「宗教経営家」でもあるのでは、と思わされました。

それで、巨万の富を手にして、「大悟館」なんていう豪邸に住んでいるわけですから、「知」の力というものを思い知らされます。



でも、どうしても、間近で見て、お話を聞いても、やっぱり「一人の人間」にしか思えません。
「あらゆる光とあらゆる知恵とあらゆる力とあらゆる愛の根源の方」などとは思えません。崇拝の対象などとてもではないができません。

「太陽の法」も「エル・カンターレ」も神話です。
壮大な神話を作り上げて、ただの人間を崇拝して有り難がっているだけのようにしか思えません。

空海さんは「燕石珠に濫じ、珀鼠名渉る」といって、燕の糞で光っている石を宝石と思いこんだりする、と戒められておられます。

金を集めて作った巨大(?)な組織や知名度を自慢して「世界宗教」と名乗っていることが「燕の糞」のように思えるのは私だけでしょうか。


あ、最後に自分が用意していた質問を言いますね。

「哲学・神学をかじり、教会学校で『信仰教育』なるものもやって、大学を卒業しましたが、ニートになってしまいました。
私はどうやったらユートピア建設に関わることができるでしょうか。あるいは日本の社会はどうすべきでしょうか。」

「伝道の過程や、信者内で、立場の違う相手に対して傷つける信者さんや職員さんがいて、教団内でそのような問題が少なからず噴出しているということを聞き、悲しい想いです。
教団のトップとしてあなたはこの問題に対してどうお考えですか。どう対処しますか。」


あるいは・・・
ちょっとしてみたかった質問が、「夫婦仲を良くするにはどうしたらいいですか?」
それまで、アフロディーテ、文殊、ナイチンゲールの生まれ変わりとされて崇められていた総裁夫人は、家族全員から突き放されて離婚、「信仰なき者は去れ!」と言われ、急にイスカリオテのユダの生まれ変わりにされたりしております。



こんな日記を思い切ってみんなに公開しているのは、「日本人のほとんどが宗教に関して無知すぎる」ということを懸念しておるからです。
伝統宗教の神父さん方も、坊さんも、教授さん方も全く新勢力の宗教に対しては無知すぎます。
何も調べずに雰囲気、風評だけで「あやしい」「うさんくさい」などと遠ざけていたら、
そういう人に限ってコロっと「あれ、いいとこじゃん?」「こんないい場所他にはないぞ」と取りこまれてしまうわけです。

戦後の日本には宗教的な地盤がない。
唯物思想もあれば、スピリチュアル思想もお茶の間に浸透している。
いわゆる「諸子百家」状態なのだと思いますが、逆に「ひとつに纏まった状態」というのも危険。
そこから新たに生まれてくるものもあるのかな、いや、生れなければならないと思いつつ筆を置きます。
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2011.07.03 Sun l 未分類 l COM(0) TB(0) l top ▲

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