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大川氏に関しては、
嘘をついているのではなく、本気で「霊がやってきた」と「認識している」のだな、と感じました。

あれくらいの大人数の前で言えたもんじゃないです。

なので、大川氏の霊的な認識というのは、いかに一般社会から見て光景無糖に思えようとも、「現実」として、
リアルなものである、と。
規模としても演出としても、二千年前とは比べものにならないから、
「釈迦やキリストを超えてしまった」と認識するのも無理はないと思った次第。

まあ、
信仰の世界というのは、
「強く信じればそれが現実になる」という世界ですので。

ああ、確かに、現代の形骸化した宗教よりかははるかに救済力や霊性がある。

寺や教会も、そういうところは見習った方がよい。



キリストの奇跡も復活も、「ありえない」わけですが、私はあったと思って信じている。
で、神も実在し、人は死んでも死なないというのは譲れないわけです。


もし、k会及び大川氏を邪義として過ちを正して、真なる教えを説きたいという人が居るなら、
批判は、法とか社会学的研究とかカルト問題とかからでは絶対に根本的な解決は見いだせないでしょう。

実はあまり、カルト問題に際して霊的に救済をできる教会や機関は少ないわけです。

唯物的な現代社会において、霊的なことを打ち出せたら、独占市場行けるわけです。
で、何が正しくて何が正しくないかは、肉の判断では難しい。

その霊的なことが、信者を窮屈にしちゃった場合とか、ちゃんと、別の霊的なカリスマをもった人が救ってあげられたらよいのですが、どうも、それが少ない。

否定的な解除や、諦めではなく、
もっともっと、実在する神様の喜びに浸る解除、くびきからの解放と、
K会に負けないくらい、仏国土ユートピアを実現していくんだっていう情熱気概、霊性のほとばしりがあって、
初めてその人は自分自身を取り戻すんじゃないかな。




霊的な実在というのは、本当にあります。

で、そういうことももっと勇気を持って語って伝えていかなくちゃならない。

ホント、四面楚歌とか、狂ってるとか言われ、怪しまれますけれど 笑

一般人にとって、宗教も霊も、なんでも一緒なんで。


そういう社会的な使命には心から同感します。

でも、怖がらせたり、脅したり、見下してしまう、
「スピリチュアルな傲慢さ」が一番厄介なエゴなんですね。



個人的に、大川氏は、巨大な事業化で宗教家だと感嘆し、
非常に巨大な使命を背負っていると感じましたが…
キリストの「天の父」とは全く思えません。
もちろん、そう信じる方はそう信じたほうがよいですからお気になさらず。
「大きな役割の一つ」を持った方の一人なんだなあとは思いますが。

もちろん、東大出ろ、本二千冊かけ、講演会しろ、と言われてできるかといったらできない 笑
でも、神様とか、主とかいって、崇めてすがり寄って泣く気持ちにはなれない。

ゼロからこの宇宙を作り出した、人間のあらゆる想像を超えた百億倍以上素晴らしい方です、天のお父様は。







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2016.05.12 Thu l 未分類 l COM(0) TB(0) l top ▲

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