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無性に哲学したくなる時があるので、どうでもいいことを哲学してみようと思う。

時間は存在しない、ということ。

時間は壮大な妄想であるということ。

今、時間と言っているけれども、「時間」という言葉自体が、今ここの時間の現場から切り離されながらも、
時間というもの、その観念を考えている「とき」のなかで考えられている、抽象化一般化された時間。

これを書いていて、
書いた痕跡である、数行はある、今、ある、
ことがわかるのだが、
なんら、過去そのものが存在した、ということではない。

過去に起こったとかなしたことが、これを書いている現在において、現れながら、
同時に続いている。

そして、過去の痕跡や証拠は、すべて今のうちに現れて、
今は、今このときにすぐに未来に取って代わる。

完全な静止した今というものは存在しないのではないか。

しかし、過去も未来も、今のうちにはない。

今という波の盛り上がりが海面を伝わっていくように、
時間も流れるのか。

今という波の頂点に立った船に私という意識があり、
今を凍結させ確認することもできずに未来という波が次の瞬間訪れる。

未来が来た、今という瞬間に、その今はすぐさま過去になる。

また、過去を想起するときもそれが行われる現場は今しかないのであるが、
過去を想起している間にも、その想起される過去と生きている現在において、
未来は次々と今として生起していく。

時間を考えるとき、いつも人は、時間一般の観念を考える。

しかし、それは真の意味で時ではない。

真に確認できる時間は今のみである。

ところが今は絶対的に対象化して捉えることができない。
逃げ水のように、今と言った瞬間、その今は過去になり、蜃気楼のように消えていく。
私の意識のすべては、今のなかにあり、今のうちに生きており、また今から抜け出すことは絶対的に不可能なのであるが、
その今は次々とすり抜けるように背後にいく。

アウグスティヌスが、千何百年も前に「告白」で同じように時間について神に告白をするのだが、
私は、今において、アウグスティヌスの今を共有するのである。

すべての今は消え去る。

ところが、一切は、今、今なのである。

アウグスティヌスの著作の痕跡を通して、今に意識のある私は、今を考える。
一千年前の著作に、過去はない。


私が、時間とか今を考える時、それは、言葉を通してである。

言葉謎である。

時間とか今を、観念であるにしろ意識する時、言葉によらずそれを思考することができるか。

時間とは、ひょっとすると、誰か他者ー人間社会の構造から与えられた観念でしかないのではないか。

しかし、すべての生物や人間が滅び去ったと仮定しても、相変わらず、時間は動くものだと「思う」。

となると、時間とかTimeとかzeitとかいう言葉が消え去っても、人間の持つ時間とかTimeとかzeitの観念が一切消滅しても、
宇宙の運行と時間の言葉それ自体が指し示すものは無限に変わらないと、言明することができるのではないか。

とはいえ、その仮定は数億年後の未来の仮定ではなく、今である。

私は、やはり今においてのみ、時間を思考するのだが、
こうして言語を紡ぐ時に過去があったということを前提にしないとすべては成り立たないことを受容した上で、
決して過去はないということはできないのであるが、
しかし、過去は今のうちにはなく、ただ、今、痕跡として、私の脳にその像とか記憶が留まっているにすぎないのだ。


誰かが見ていると仮定して、未来に向けて文章を書くのだが、
未来における他者を想定する時、
おそらくあなた、(その他者)も、やはり今においてのみ、私の今という過去を共有する。

今を共有するということ、
聖書を黙想する時、過去の出来事でなく、現在にそれを体験する時、
生き生きとした今が現れてくる。

いのちとは、今を生きることのみによって共有されるのではないか。

日常とは、時間のうちにある。

客観的時間と、特殊的現在が分離している。
否、現在が、時間の中に埋没しているのだ。

生命は今のうちにのみ生きているものである。
時間を意識する時、生命は道具としての時間を生きるようになる。



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2016.04.03 Sun l 未分類 l COM(0) TB(0) l top ▲

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