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旧約聖書、特にレビ記は差別に残酷な死刑のかたまり。
https://newspicks.com/news/1406758/

普通のクリスチャンが読んでも驚くそう。

神父様とか専門家にこういう理不尽なことを聞いても、あんまり答えてくれない。
多分こういうことだ。
草一本生えないような荒野に、エジプトから脱出して、カナンの地に行こうとか言うんだから、ちょっとした勝手な行動が命取り。
つまり、二十四時間非常時なのである。
震災が起こった時に、いつも通り、会社や学校に行って、人間関係とか機械の不具合でどうのこうの言ってる余裕はない。
そういう場所では、理性でなく、超越者からのメッセージを厳守することが、彷徨う民をまとめるのに一番重要。
そういう、何千人がホームレスで、都会じゃないよ、砂漠を彷徨ってる時に、理性的になってたり、きれいごとで人って動かないわけ。
土曜日は何があっても絶対に休まねばならないし、焚き木拾っただけでも死刑。同性愛行為も死刑。近親相関も死刑。そこまで厳しくないと、人はついていかない。
多分、二千年後の人類が、
完全な共産主義的な社会を完成させ、すべての人の人権が満たされて、地球人の幸福度99パーセントみたいになってたとしたらよ、
二十一世紀の世界を見たら、気が狂っていると思うに違いない。

国があるのは異常。
法律があるのは異常。
政府があるのは異常。
会社があるのが異常。
労働があるのは異常。
お金があるのは異常。
学校があるのは異常。
神の教え、サムシンググレートの法則って、時代によって、
伝え方、工夫していかないといけないよね。


どうも、人間の精神の歴史ってたどっていくと樹木みたいになってる。


カールヤスパースが、
数百年前後して、同時期に、人類は、
旧約の預言者たち、ギリシアの哲学者たち、釈迦、孔子、ゾロアスター
みたいな、人が、人類の精神の根っこを作っている、
つまり枢軸時代があると指摘している。
紀元前数百年から一千年くらいの間である。
紀元前後、イエス・キリストの出現によって、
「人は死なない」「全員が救われる」ということが証拠としてわかった。
古代に入り、
西洋では、プロティノスや、マルクスアウレリウス帝みたいな哲人が出てくる。あと、アウグスティヌスみたいな教父も。
日本でも、聖徳太子や空海みたいな人が出てきて、ほとんど神格化されている。古事記や日本書記といった神話も編纂される。
仏教でも、龍樹や無着、世親が出てきて大乗仏教を起こす。
中東では
ムハンマドが現れ、唯一神アラーへの帰依を説く。
ほとんどの人が、「根源的な一者」を体験し、指し示している。
空海はそれを大日如来と呼び、
仏教では空と名付け、
神道ではアメノミナカヌシと呼び、
プロティノスは、一者と呼び、
キリスト教では、父と呼び、
イスラームではアラー(the God)と呼ばれる。


さて、
中世に入り、
西洋では教会が堕落し、日本でも末法の世に入る。
ようするに、宗教組織の助けがなくなったり、邪魔になったりして、人間の努力で、悟りや救いには入れない上、
民衆は食うのに必死で、邪悪になるしかない。
この世が地獄みたいな様相である。
西洋では、エックハルトとか、ベーメとかみたいなのが出てきて、
異端視されながらも、再び、魂の根底にある一者を説く。
日本では、親鸞が、阿弥陀仏の一切衆生の救いを示し、
日蓮が、法華経最強を掲げる。
ここで、人類の精神は多様に枝分かれを始めた。


近世に入ると、
神とか神秘とかではなく、人間の頭とか理性とか、合理性、客観性が重視される。
多分
現代人の「立派っぽい常識」「学校で堂々と教えられること」ってそれ。
日本では、キリスト教は迫害され、その代わり、儒教的な価値観が幕府の統治の都合によかった。
一方西洋では、合理主義や理性が発達し、
王権が民衆によって転覆させられ、それが世界の常識として波及していく。
また、機械が生まれ、産業革命が起こり、
理性的でない未開の文明を次々と植民地支配した。
この世において、強い力を持つのは、理性と法だということがわかってきた。


それも、近代になって崩壊する。
理性が平和な社会を作るかと思いきや、第一次世界大戦が起こり、
世界は不合理な混沌がうごめいているというような認識が出てきた。
「神は死んだ」のである。
生きている神は死んで、人権思想とか平等とか民主主義というものが、
形を変えて普遍的な価値観を獲得した。
さらに、無神論、唯物論が支配し、
共産主義者たちが目指した平等な理想国家は、
反対者を何千万人も粛清するこの世の地獄になった。
後期近代になると、
伝統宗教は滅びたも同然、
カルトが栄えるようになる。
学校や政治を見てもわかる通り、
人間の主体は、過酷な仕方で縛り付けられ、少しでもその枠組みから離れたものに対しては、「異常!」と糾弾されるようになった。
キルケゴールは、100年も先駆けて、革命も戦争もない時代の、無気力で没個性的な世間の様相を糾弾している。

では、この時代の、霊性、スピリチュアリティとは?
混沌とはしていますが、「魂の目覚め」はあるんじゃないかしら。
大組織や1人のカリスマが世界をまとめるみたいなのはなくなって、
混沌の中で、一人一人が光を見出していく形。
樹木で言えば、太い枝がなくなって、無数の細い枝が分かれてきている。
多様性とその共存ということと、
個人個人の魂が自由な生き方ができるという、
厳しくあれど、素敵な時代。
反キリスト教という形態をとって、個々人が直接宇宙とつながるニューエイジ運動というのが、様々な形で世界に広がっております。
元はと言えばベトナム戦争に反対したヒッピーらともつながっているよう。
キリスト教の方も、歴史上幾度となく堕落は繰り返しましたが、
建て直しも幾度となくはかり、二千年に渡る長期政権を保っております。
先日も、カトリックと東方教会が教主同士対話をしました。
半世紀前に、開けた教会を目指す公会議が開かれて刷新されつつあります。
オカルトというか、スピリチュアリズムなのですがまあ、学問的にきちっとしているところといえば、
ルドルフシュタイナーとか、ユングとか、スウェーデンボルグとか、ブラヴァツキーといった、
神秘思想家が、やはり、人間の本当の姿は霊であるということを言っています。というか、そういう体験を学にしてまとめた。
あと、注目すべき点は、「輪廻」つまり、生まれ変わりを言っているということです。
キリスト教では認めないみたいですが。
ちょっと壮大なのが、ムー大陸やアトランティス大陸があって、そこでも文明があって、人間は進化してきたという。

新宗教の方では、
高橋信次という人がいて、心を磨くことで実際に霊道が開けるということとか霊界の仕組みとかを言って、これはすごい人だということで、釈迦の生まれ変わりだとか、
エルランティという地球神とか言われていたけれど、自分の予言通りに亡くなってしまった。
この人は名前はあんまり知ってる人少ないけれど水面下で与えている影響って大きいような気がする。
いい種もあったけれど
悪い種もあった。
神秘体験と個人崇拝に溺れたカルトを生み出したりとかした。
宗教が化石化している中で、地球の精神をまとめる根源の根っこや
現代社会生きる人を救う合理的な教えというのは求められている。
エル・カンターレという存在がいて、釈迦の本仏で、イエスが父と呼んだ神で、それが、地球文明や霊性を指導してきたという壮大なビジョンを掲げて、「私が地上に肉をもったそれだ」という人もある。
そういう世界はいよいよわからない。
ひょっとしたら、純然たる妄想の体系かもしれない。
目覚めたと思い込んだ人が傲慢になって、スピリチャルでない人を差別するかもしれない。

さて、別の方面では、
経済や日常生活とと精神的な話が結びつく。
今、流行っているアードラーの個人心理学、バカ売れしています。
謎の哲学者
ジェームズアレンの「原因と結果の法則」は、聖書に次ぐベストセラー。
これが、書店にあふれている、成功哲学の根っこと言われている。
原始仏教とか、古代ローマのストア派に親和性がある。
また、経済的な成功というのも、精神的な成功と結びついていることもわかってきた。
どうも言えることは、
グローバル化の中で、
混沌とした世相の中で、
「世界的な精神性の統一の原理」と、「個人としてどう生きていくか、幸福になっていくか」の二つが求められているように感じられます。
また物質的なものは、いやらしいものでも軽んじられるものでもない、ということ。
21世紀は、
ニヒリズムや物質主義や組織的な宗教といったものを通り抜けてきた。
人間の魂は何を志向しているのだろう。
「新しい魂、霊性が生み出されること」
だろうと思います。
今までの、常識とか、普通と言われたものが通用しなくなってきた。
反面、「自由からの逃走」(エーリッヒフロム)というか、
自分で判断しようとせず、周りに流されるままに生きる人が多くなってしまった。
多分、自分で考えて行動する人と、そうでない人は二極化すると思う。
自由で豊かになる人はもっとそうなっていくし、行きたいところにもいける。
逆にそうでない人は、固まって不平不満で盛り上がってそこからはい出せない。
堕落する人は堕落する。
何千年前の枢軸時代につくられた、人類精神の幹というのは、現代になって、ものすごく多様化と個人化を迎えた。
危機でもありますし、生みの苦しみやチャンスでもある。
聖書
論語
老師や荘子
原始仏典
再び丁寧に読み返すべきですし、
現代のベストセラー、真理を確かに語っています。
不易と流行、両方に精通する必要があります。
あと
数百年か一千年したら、
ゴムが伸びきって、また戻っていくみたいに、
いろんな宗教や考え方が、また一つの真理に戻っていって、
地球村が完成する
といわれている。
今世紀は魂の夜明け。
十代くらいの子が、スピリチュアルな話興味ある人案外多いので、
ちょっと嬉しくなる。
何聞かれても、答える自信がある。
というか、ガンガン質問してくれると嬉しい。
ソクラテスみたいに、質問と対話がほとんどの学校や教室を作るのが私の夢。
まあ、小規模ですができていますが、こちらから出ていきたいとも思います。

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2016.02.21 Sun l 未分類 l COM(0) TB(0) l top ▲

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