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私は、実は神である。

そして、これを読んでいるあなたも神である。

また、全ての人は神である。



聖書には、人間は神の似姿であると書かれ、
仏教では生きとし生けるものには仏の性質があると説く。
神道においても、宇宙の中心にある始原の神から分かれて、世界や神々が出来、そして天皇陛下や人間らにつながっていく。
私たちは、宇宙の根源の神の分け御魂をいただいて存在しているのだ。


ビッグバン以前、全ては一つであった。
神において同じであった。

宇宙が存在させられ、それが進化していく中で
いつなるものが、枝葉のように分かれていった。

しかしその本質は一である。

我々一人一人は、地球で生まれたが、その地球も宇宙の星屑が集まってできたものである。

私たちの存在は、宇宙の星々と同じなのだ。

そして、宇宙の全てとつながっており、ビッグバンとつながっている。

私たちの脳の奥には、宇宙の始まりから、全ての生命の進化の記憶が宿っている。


宗教や神話というのは、確かに嘘かもしれない。

しかし、脳の奥の奥、潜在意識や超意識は、それが真実であることがわかっている。

人間は、宗教や儀式を必要とする。

神が人間を作ったのではなく、人間の脳が神をつくったのだという人もいる。

確かに。

あらゆる人間の呼ぶ「神」は偶像でしかない。

しかし、
神そのもの、サムシンググレートが、人間の脳にそのようなプログラムを与え、神を探し求めるように仕向けているように思われる。

その、本当のいのちの姿は、
人間が地上で描くいかなる聖書や神話や宗教や想像の天上の様子よりも甘美で素晴らしい世界に違いない。


人間の心には、創造の力や、愛や、向上が宿っている。

神は、人間に創造する力を創造した。

神は、ご自身はキリストという例外を除き、地上にあまり介入せず、人間の自由を通して、世界を創造する。

人間は、神の分身であり、
世界に面した神の感覚器官である。

人間は、神の小さな細胞以上のものである。
大きさは砂粒以下であるが、格は自己があるということにおいて、神と同等なのである。




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2016.02.15 Mon l 未分類 l COM(0) TB(0) l top ▲

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