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人間の意識には三層の構造がある。

「私」とか「世界」と思い込んでいる全ては、顕在意識。

その奥に、目に見えない、無意識とか、潜在意識とかいう領域がある。


さらに奥に行くと、超意識とか神意識とかいう意識がある。


潜在意識にたまったものが、顕在意識の世界を動かしている。


さらに、潜在意識にたまってこぼれ落ちた願いが、超意識まで行くと、
全ての願いは叶うようになっている。


イエス・キリストは、この超意識の秘密と一体化していた存在であったことが、分かる。
そして、それこそ自らのいのちをとしてまで、超意識の秘密を、世界全地に開示したもうた。

群集らは、顕在意識の次元でのみイエスを見ていたため、超意識に対しての目が開けなかった。


善行や修行では、顕在意識を美しく磨くことはできるし、ある程度潜在意識との交流もできる。
しかし、根本的にはそれだけでは、超意識とつながることはできない。

そして、万人が、修行なしで超意識につながることができる。
また、超意識も、常に顕在意識に能動的に呼びかけて救おうとしている。

それが、「信仰」である。

ゆえに、親鸞もパウロもルーテルも、「信仰のみ」と言い、
日蓮は、「この一乗の法にのみ帰依せよ」と法華経至上主義を掲げた。



祈ると「神が願いを叶えた」と言う。

実は、そう強く思い込んだ自分の潜在意識が、本当に現象界にそれを実現させてしまったのである。





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2016.02.15 Mon l 未分類 l COM(0) TB(0) l top ▲

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