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レムリア・ルネッサンスのアマーリエさんも1956年生まれ。

奇しくも、大川隆法と同じ歳の生まれ。

時代の転換期、水瓶座の時代には、地球規模の霊性を高めるために役割を持った人が
あちらこちらで生まれてくる。

そのアマーリエさん、実はすでに死亡されているということ。


大川氏も一度心臓が止まったそうなのだが、復活したということ。


霊言というのは、それこそ自分の命を削って、高級神霊を降ろしてくる大変な作業であるという。

霊の世界を知るものにとっては、
死はない。

天上界に生命が移行するにすぎない。




お互い、互いを「魔の指導」としているが
どっちが正しくて、どっちが間違っていてとかいう問題は、
単に権力争いの領域で、
何十年も決着はつくことはなくて、
霊修行の妨げであったりする。



しかし、ここ数年で、
伝統宗教においても、聖霊を刷新する動きが現れているし、
個人個人の領域においても霊的な目覚めがあらわれていきている。

宗教という団体から飛び火して、日本全国で静かに目覚めつつある人はいる。
お互いに交流はありそうにもないのだが、
語る内容は本質的にはひとつ。

これは大きな大きな希望。


団体がわーっとやっていく役割と、
個人個人が目覚めて自由に霊的な探求をしていくものと。



いや、
もういい加減、派閥や宗派同士の狭い村社会で自他を分離するのってやめませんか?

もう、
何教が真理で、何教のことはよく知らないって、
お互いにお互い、自分の殻に閉じこもって、
異質なものを排除しようとする村社会的な宗教は時代の流れの中で淘汰されていくと思う。


違いは違いとして尊重しながら、
地球教や普遍教として、互いに手を取り合って、
道を歩む

そういうビジョンがある。



神というのは、対象とか思想や考え方を信じるのではなくて、
ーもし、そういう神があれば、それはイデオロギーであり、偶像なのですが、-

生ける永遠の命の働き。


そこに至れないものは、普遍とは言えない。

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2015.09.28 Mon l 未分類 l COM(0) TB(0) l top ▲

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