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僕の宗教にかける情熱はより熱く、そして理知的さを備えました。

僕はなお会、そして学生部を愛していました。

仲間たちと日本の将来や夢、希望などを語り合いたかった。

メーリングリストで
よく、学習の仕方や、考え、思ったことを発信していました。

法友のなかには未だにそのメールが印象に残っているといってくれる人もいたりします。


でも少し寂しかったことがあります。

流れてくる「イイシラセ」が
「伝道成功しました」ということばかり。

合宿前には
「〇〇地区から何人来ることが確定しました!」

数を増やすのが目的なの?

その「数増やし」によって僕も尊い出会いを得たのだけれども…

素直にバンザイ出来なかった。


僕は心の交流がしたかった。

こんなの結局「教団がすべて、教祖が目的」の宗教じゃないか…

…違うよね。
信じたい。

次第にこの宗教が訳が分からなくなってきました。

《僕の求めているものはこんなことじゃない…!
僕は本気で人生を語り合える友人が欲しいんだ》

…そんな「本気で人生を語り合える友人」は今に至るまでまだいません。
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2008.06.21 Sat l 未分類 l COM(0) TB(0) l top ▲

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