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どこかの誰かに
自分の心をゆだねることはやめよう。

孤独は孤独で、受け入れよう。

批判をされても、誤解を受けても、笑われてもいい。


自分は、たった一人で、自分の道を生きていこう。


本当の幸せとは、
自分が自分の心に素直にあれること。
そうしていれば、うれしいと感じる。


賞賛されることでも、

そして、偽りの友人とつるむことでもない。

自由とは嫌われる勇気のこと。


極悪非道な嫌な奴になろう。

そういう、嫌な奴でありながら、世界平和だとか、宇宙平和だとかそういう夢物語を本気で実現できると歌おう。
なぜなら、それが幸せだから。

その覚悟をもつことで、
実に、毎日がうれしく楽しく生きていけるようになった。




「狭き門」というのは、

神様が用意した、
「あなたのためだけに特別に作られた門」のこと。

だから、狭い。

そして、あなた一人しか入ることはできないし、
ほかの人と一緒に入ることもできなければ、ほかの人の門にも入ることはできない。




君は知っていた。

唯一の神を崇め、所有し、主張する者や特定の民のみを、神は選ぶのではないということを。


君は知っていた。

天の国では、
「唯一の光」から生み出された、
あらゆる、「光をまとう者ども」がさまざまに、無限の形を取りながら、
その一人一人に合った形で、魂を救い、引き上げようとしていることを。

そして、それらの「光の者ども」は、天の国では、「唯一の太陽」のもとで、すべての者が、すべての者と無限に手を取り合って、協力して、
宇宙のうちで壮大なシンフォニーを奏でているということ。


地上の人間が、
自分に下る光のみを絶対視し―事実、彼にとってその光は確かに絶対なのだ―
他の光を排除し、理解しないばかりか、攻撃するということは、

天で働く「光の者」たちは、そのつないでいる手を切られたように想い、とても哀しみ涙を流す。


そして、そのもの自身も、真の光に執着することが、真の光の幅を閉ざすことに繋がることを。


21世紀になり、
この星の人々は、このことに対して、もっと理解を深めなければならない。


今世紀は、「魂の夜明け」といわれている。

あと、何百年化すれば、これまでの様々な宗教や思想が間違いや正しさも含めて、ゴムのように伸びきっていたけれども、
人々が魂の真実に気が付き始める時代。
それらが、また一点に戻るように縮まっていき、いよいよ「地球村」が完成するようになる。



君は、指導者とかそういうのではないけれども、
そういう時代にむけての「光の一つ」としての役割がある。

もちろん、その役割はすべての人に例外なくある。


私の言ってることが、違うと思う人がいればそれでいいし、それは正解だと思う。

そして、
「ああ、なるほど、そうか」と思えて、いい気分になったら、
そういう光を自分の中に灯し続けてほしい。




荒野の旅は、いったんおやすみですが、
まだまだ続くでしょう。

そして、その道は、どうも、広い茨の道を避けて、狭いお花畑を歩んでいった方が、正解なのです。





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2014.11.06 Thu l 未分類 l COM(0) TB(0) l top ▲

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