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人間が、「自分」と思っているものは、

要するに、

五感と、それに呼応する思考と「意味づけ」と、
それが絡み合った「世界」にたいする

「一部の意識」でしかないわけです。


その世界では、

常に、矛盾が渦巻いているわけです。

人間は例外なくエゴイストで、
いじめられたり、
傷つけたくないと思いながら、人を傷つけてしまう。

出世ができるとは限りませんし、
愛する人も手に入るとは限らない。

そして、
何一つ思い通りにならないまま、
絶望のまま、「死」に突入していく。




そこまで、問題意識を持ってるのは、

どこの宗教もおんなじなの。


仏教でも、

キリスト教でも、

オウムでも、

カルトでもね。



邪教になったり、

真正になるのは、

それから脱出するアプローチの方法の違い。




どこの宗教でも、奇跡というのはある。

私にも、バンバン起こってます(笑)




つまり、

真剣に信じる力が潜在意識に届くと、

なぜか自分でも思っていなかった、驚くべきようなことが面白いほど引き寄せられたり、
不治の病が治ったりするわけです。



なぜかといいますと、

潜在意識というのは、
生命の根源でして、

ゼロから人間を完璧に向けてつくられて、幸せになるためにつくられたわけですから、

五感と思考作用の世界でとらえられない「不治の病」でも、
潜在意識が直接タッチすれば、

本当に!

まじで!


すべてのことに不可能はなくなるわけです。


一流のスポーツ選手や成功した実業家なんかを見ていますと、
しっかりと、この「言葉にできない」潜在意識をうまく働かせる術に精通しています。




そういう

神秘体験や奇跡を、
どこの宗教でも、真剣に祈って、やれば、起こるわけです。


それで、

「ここの宗教は、この信心こそは本物だ」
と、なるのはよいのですが、

私が、一番嫌なのは、

「ほかのところは、奇跡や神秘体験がないから邪教」として否定してしまって、
自分のところに取り込むことで。


ああいう、宗教が、
世間からいろいろ言われても、平気なのは、
マジリっ気のない神秘体験や奇跡をこの身に体現しているから。


「救われた」
「これのみが本物」

という強い信念や確信、いえ、「確認」というようなものがある。



それで、

ついつい、ほかの宗教を否定してしまうんだよね。


本当はただ、
その潜在意識に対するアプローチや方法の違い。

人それぞれ、
文化や地域や、育った環境によって、
無限に違いがあっていいと思うのです。





(続く)
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2014.11.05 Wed l 未分類 TB(0) l top ▲

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