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歩いて、弘法大師ゆかりの八十八のお寺を二か月かけて回ってきました。

ただし、お寺に仏法なし。

学校も社会も、心を失った時代。

この国の霊的危機に対して、
ただ、失望し、諦めるだけではなくて、
自分は何ができるかを問いかけながら歩いていました。

何度も、悪霊との戦い。

誤解、
孤独、
対立、
他人の余計なおせっかい。
なにより、自分自身の我欲との戦い。

覆いかぶさってくる、
世間の声や、悪霊に、
「もう、いやだ!」と投げ出したくなったことも一度や二度ではなく。

自分は、
決して教祖や指導者になるタイプの人間ではないし、
弱い人間だと痛いほど自覚しているのですが、

でも、

神様は、私をひっぱって、まもってくださっているわけで。

私に、「何かしてくれ」とメッセージを送っている。




ひとつ、

大切なことは、


考えることではなくて、

自分の素直な心。

美しくて、

まっすぐなものを

自分の中に

一本

小さくてもいいから

すーっと持っておくこと。




燃える、一本のろうそくのように。



神様という太陽から与えられた一本の火があなたの中に燃え盛っている。


愛と、光の灯

あたたかさと、
よろこびの灯。


聖霊の灯ともいう。


それを見失ってしまわないように。



それを死守しなければいけない。



権力のみ、
物質的な欲望のみ、
神秘体験のみ、
イデオロギー、
思想へのこだわり、

などといった、

「偽りの火」を与えてくる悪魔どもから。






逆に、

耐え忍んでその火を守り切った者は皆、勝つことができるともいえる。



勇気を持て。


自分の中に、

真理の灯を燃え盛らせて。







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2014.11.05 Wed l 未分類 l COM(0) TB(0) l top ▲

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