上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
--.--.-- -- l スポンサー広告 l top ▲
キレるとか、
家の中を壊すとか、
暴れるとか、
リストカットをするとか、

理性ではいけないことと十分に知っていても、
その先が自分自身を破壊することを知っていても、
我慢しても我慢しても限界で、
爆発させないとどうしようもない、
なんてことが子どもにあります。

「ヤケクソ」というのでしょうか。
世界のすべてが分けわかんない状態で、
間違ってると分かっていても間違い続けて生きなきゃいけない苦しみは、きっと多かれ少なかれあって、
怒りよりも
きっと「誰も自分を愛してくれない」という哀しみのほうが大きい。

大人たちは彼らを問題視して困った存在と見るが、
私は、彼らは大人に尊厳を踏みにじられた被害者だと思っています。

活発な子は社会に対抗し、
優しくて他人を傷つけるのができない子は自分を傷つける。

いずれにしても、罪に他ならないのですが、必ず本人の意志と努力で立ち直ることはできます。
なのですが、子どもにまず正しい心を植え付けるのは大人です。子どもにとっての神は自分自身の心でなく、親や大人なのです。大人が神に心を謙虚に向けないといけない。
いずれ、子どもは大人が未熟な存在であったと悟り、他人のせいにするのをやめ自分自身の心を磨きはじめ、利他の人生を生きるときにはじめて愛を取り戻しますが、
幼いうちはどうしようもならない無力な存在なのです。
回復には時間がかかる。

謙虚に正しい心で生き、他人の模範となることのできる大人が増えるように。
暗闇の中でも、自分だけは勇気を出して光を発し続ける人になれたら。
スポンサーサイト
2013.12.25 Wed l 未分類 l COM(0) TB(0) l top ▲

コメント

コメントの投稿












       

トラックバック

トラックバックURL
→http://relisophia.blog43.fc2.com/tb.php/128-8ba4e233
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。