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会の人のなかにはは本当に素晴らしい人たちもいる。

彼らには
きっとやましい気持ちもないし
衒いもない。

理想を純粋に求めて風のような愛として生きているのだろう。

自分がこんなつまらない理屈をあれこれと述べているのが恥ずかしくなるほど。

彼らの言葉
彼らの生き方は
私たちを明るく、前向きにしてくれる

暗い気持ちで生きていたそれまでが恥ずかしくなる。

それは認めざるをえない。

彼らの輝く姿を見ているとやはり総裁先生の理論、会は間違っていなかったのではないかと不安になる。

きっと、総裁に対する崇拝は
権威を押し付けられたものではない。

自分から、心からの感謝を捧げて、信じているのだろう。

会の理論、そして会のつながりはそこまで力のあるものなのだ。

それを知らない人間が如何に多くの言葉や理屈を並べようと決して彼らの信仰をくじくことはできないだろう。

主の光
信仰の前で
三次元、この世のつまらない理屈なんて通用するわけがないのだ。

信仰によって人は真に生かされるのだ。
信仰のもと、真の人生が始まる。

「最初は確かに疑問もあったけど
こういうことだったんだな、間違っていなかったんだなって分かった。」
…信仰とはこういうものだろう。
そしてそれが宗教の力だ。



会の信仰から距離を取っている現在
彼らの輝く姿を見るたび不安になることは確かだ。
前向きになろうと頑張っている彼らの姿をみて
自分は、何をやってきたのだろうと悔しくなる。


だけど僕は自分の頭でしっかり考えることを止めません。
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2008.06.21 Sat l 未分類 l COM(0) TB(0) l top ▲

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