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会では
愛を与えて行きた者は天国に行き
愛を奪って生きてきた者は地獄に行く
と教えられています。

いろいろな罪がありますが、最も重い罪は和合僧破壊の罪といいます。
…すなわち、地上にある仏陀を傷つけ、その教団を混乱に陥れようとする者は
死後、阿鼻叫喚の苦しみが何百年も続き、心からの反省をしない限り救われることはないということです。


こういうことを言われると、
普通の人に対してはとてもカルトな印象を受けるかもしれませんが、
信仰者の側にとっては、人生において最も大切な信仰というものを守ってくれるこの教えはとても力強いものに感じるのです。

すなわち、自分のすべてんかけて信じている尊いものを傷つけられることは、「魂が引き裂かれるほどの痛み」であり
信者にとって、信仰とはそこまでして強く守らなくてはならないものなのです。

このように「信仰」は時に「普通」の見方を変えてしまうものなのです。

会は最近ではそのような教えを強くは言いません。
でも確かに根っこの部分には確固として存在している教えで
それが信者の信仰を強くし、深めることにもなっています。

そして信仰を深く、強めていくことが、幸福感を強めていくことになるのです。

そして同時に、自分自身の頭でもってしっかり考えようとするとき、どこかにそのような霊的な権威による規制がかかって考えるべきことを考えることをストップさせているのは事実ではないでしょうか。

仏に逆らい、悪霊の言いなりになって、永遠の地獄から這い出ることができなくなることを想像しただけで、自分の魂がとてつもなく汚れたように思えますもの。


しかし、
迷いを持ちそうになった時は、
会で確かに感じる「光」の感覚が「この教えは正しい」という実感を持たせてくれました。

自分は、この宗教を信じていることに対して誇りを持っていました。


僕のその当時の将来の夢は会の職員でした。
主の大いなる理想のために仏の透明な手足として、この人生をかけて働いてみるのが夢だったのです。

それ以上に尊い職業はないと思っていたのです。

僕の目から見た「職員さん」はとてもカッコよかった。

本尊に向かって礼をし、経典を読誦・奉納する姿
研修などでは、たまに冗談も交えながら、仏の尊い教えを伝え、私たちの魂に深い感動と光を与えてくれました。

こんな仏にお支えできる素晴らしい仕事をぜひやりたいと思っていました。


僕は
この人生をかけて真理に生きたいと誰に口にすることもなく、内心沸々と思っていたのです。

真理によって僕は救われる

そしてそれが多くの人を幸福にすることもできる。

そう信じていました。



ここで、それまでの私の生い立ちについて簡潔に述べておきたいと思います。

小さい頃から、他人とは少しずれた子だったようです。

親はとても子どもに勉強をさせようと必死でした。

なにかあるたび親は僕を怒りました。

でもそれは、僕が親の思い通りにならなかったから、とか
単にイライラしていたからとかといった風に感じられました。

ときに優しくしてくれるときだってあった

でもどの瞬間も機嫌を損なわせて、怒られて勉強をやらされるのか、とどこかに不安があった。

何かの拍子に喚高い声で何時間も怒鳴り散らす。
そのうち何について怒ってるのかが分からなくなって
過去のことまで持ち出して人格否定の攻撃がはじめる。

どうしようもなかった。

たくさんお金をかけて良いものも提供してくれた。

そしてそれが怖かった。

周りの人は教育熱心な姿を見て
相談しても
「いいことじゃん」
「親なんてそんなもんだよ」
って言う

違うよ…

あんたらには自分がどんだけ苦しんでるか分かんないんだ


中学受験のために小学生もあまり行った覚えがない。

塾では殴る蹴るは当たり前のスパルタで徹底的に「プロの受験生」として養成された。

今では「体罰がどうのこうの」と議論されているが、
でも、塾はひとつの家族のようなもので、お互いに絆はあったし、決して理不尽なことで怒られることはなかった。
たとえば、間違えては行けない問題を間違えたとかいうことで徹底的に怒られた。
家でのような、なんとも言えない気持悪さのある叱られ方とは違った。

塾は確かに厳しかった。
多くの塾生がその厳しさに辞めていくことも多かったが、最後まで残った。
しかし、中学合格という目標のためにいろいろな物事を犠牲にして頑張ることの大切さも学んだ。

小学校でレベルの低い周りと合わせてつまらない毎日を過ごしているよりはマシだった。

でも勉強さえ出来ればそれでいいものとばかり思っていた。

「俺とおまえらは違う」と、「いじめ」までやっていた。

先生に怒られることもあった。
でも「ふざけるな」って思ってた。
俺のやってることはあたかも自分が正しいみたいに偉そうに注意するけど、それ以上のことを俺にやっている大人には何も言わねえのかよ?
もし、そういう大人が間違っていないってんなら、俺も間違ってないよ。
この世界は弱肉強食だ、勝ち組と負け組しかいないって俺に教えて勉強を強いたのは大人たちだぜ?
何もしないくせに権利ばかり主張する弱い奴が虐げられるのは当然のことだろ?

たぶん、そういう風に思ってやっていた。



でもその後立場はいつの間にか逆転する。



中学に入ってからは
いつの間にか周りのノリについていけず
同じようにはぐれた悪い奴と一緒になって授業をボイコットすることもあった。

一度そいつに放課後、断りきれずに遅くまで夜の街を連れ回されて、帰るのが遅くなってしまった。

親は怒って自分を締め出した。
自分はそのまま家出をした。
警察に捕まるまで寒いなかをほっつき歩いていた。


学校も嫌だった。
「いじめられた」とは決して思いたくないけど
今思い出しても、本当に腹の立たずにはいられない嫌がらせばかりだった。
他人に舐められるのが嫌だった。

怒りたかった。
でも自分のことで腹を立てることはいけないことだ。
でも相手は悪くないのか?
相手の悪いところを見つける自分がいけないのだ

何が正義で悪なのか
ここで何ヶ月も考えた。

だけど何も出来なかった。


自分は中学受験で誰よりも厳しい環境を経験してきたから、頭が良いものだとばかり思っていた。

でもそれは最初だけで、
みんな頭がいいんだ。
いつの間にか
順位はトップから上の下へ、中へ、下の上へと落ちていく一方だった。

中学でも高校でもたくさん勉強をやらされた。

だけどもはや中学受験のときの誇りもない。

やればやるほど成績が下がる、
親の目を盗んで勉強をサボるなと怒鳴られる。

周りには、結構生き生きといろいろなものに取り組んでいる人もいる。
自分もそれを目指して、なんとか無理矢理自分を励まそうとする。

…だけどダメなんだ
どうしてもダメだった


なんのためにこんな苦しまなきゃならないんだろ。

なんだか白いもやをかぶった嘘の生活ばかりが続く。

誰にも分かってもらえない。

仏だけは分かってくれていると信じて耐えた。

頑張って耐えた先に幸せが待っているかなぁ。
その可能性があるんなら信じて頑張ろう。

これはきっと試練なんだ。
ここで、信仰が試されているんだ。



自分が安心して存在していられるような
自分がしっかり尊重されるような
そんな場所が欲しかった。



会が一般向けに劇場公開した映画では、
様々な悩みに苦しむムーの人々に向かって、ラ・ムー大王が「神は太陽のように与えきりのものだ。あなたがたのなかにも神がやどっているのだからそのように与えきりの人生を送りなさい」という心の教えを説法し、ムー人の心に光を取り戻し彼らはお互いに愛を与え素晴らしい理想郷づくりに励むのである。


自分もそんな風に幸せを取り戻すことができるかなぁ


与えることを考えて生きたい。

自分に何か与えられるものはあるだろうか。


傷つけられるのを恐れて
会話と言えばくだらないことばかり

そんなつまらない日常の中で自分に何が出来るだろう。


僕の信仰とは一体何なのか…

自分はいつになったら幸福になれるのかな

幸せを獲るために仏法真理の書籍を片っ端からむさぼり読んだ。


いくら本を読んでも
幸せになった気はするけれど、苦しみは一向になくならない。

こういうときはこうすればいいですよ
ということは網のように体系化されて、どこかに引っかかってくれる。

それで表面だけは救われた気はする。

でも、痒いところに届かないなにかがある。
なんか
そうじゃないんだ


叫びが届かない虚しさ…


理屈だけのきれいごとじゃないか。


こんなことを心のなかで考えていたら魔が寄って来ているのか?

やだよ

好きで考えているわけじゃないのに

本当はもっとポジティブに考えていきたい

だけど思っているだけじゃどうにもなんないんだ。


暗い言葉を発しちゃいけない?

どうしろっていうんだ?

我慢するのに疲れたよ…


嫌だ

僕は裁かれるのか?


助けて
誰か助けてくれ!



主よ
私の罪をお許しください。
祈ります。
私に光をお与えください。

あなたを信じます。



助けて

本当に苦しい

誰も助けてくれない…



深い深い
誰も支えてくれない
自分でも支えてくれない
そんな闇がいつの間にか作られていた。




長くなってしまったけれども、
本当の問題は
宗教ということもあるが、
自分自身の救済にあるのかもしれません。



人はどんなに辛くても、自分は自分でしか立たせることはできません。

私の「信仰」と称して真実の生き方を求めて幸せを掴もうとする行為は本当は「依存」だったのかもしれません。

絶対的に正しい生き方というものを自分以外のものに指し示してもらおうとしていたのです。

世の中にはいろんな秩序がある。

単純に善悪は分けられない。


そのことはうすうす自分でも感じていました。

だから「自分で考える」ことに僕はこだわりました。


Mr.Childrenなどの音楽に傾倒しはじめたのもこの時です。


次第に僕は「仏法真理」の秩序から遠のいて詩やアートの世界に自分を求めたのです。


でも、それでも幸せは遠のくばかりです。
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2008.06.21 Sat l 未分類 l COM(1) TB(0) l top ▲

コメント

No title
なるほどなぁ・・・

私は、親に、自営業の跡継ぎの男児として産まれることを求められていたようなのですが、残念ながらそうはいかず、生まれたときから親の言うとおりにならなかったようです。そのおかげか?親心みたいなものを感じられず、自分が親になって初めて気づいています。

でも、男性として生まれていたら、親の望むようにあれこれ言われ、家庭が荒れていたかもしれないと読んでいて思いました。
2009.06.11 Thu l こば. URL l 編集

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