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2015.09.28 Mon l 未分類 l COM(0) TB(0) l top ▲
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レムリア・ルネッサンスのアマーリエさんも1956年生まれ。

奇しくも、大川隆法と同じ歳の生まれ。

時代の転換期、水瓶座の時代には、地球規模の霊性を高めるために役割を持った人が
あちらこちらで生まれてくる。

そのアマーリエさん、実はすでに死亡されているということ。


大川氏も一度心臓が止まったそうなのだが、復活したということ。


霊言というのは、それこそ自分の命を削って、高級神霊を降ろしてくる大変な作業であるという。

霊の世界を知るものにとっては、
死はない。

天上界に生命が移行するにすぎない。




お互い、互いを「魔の指導」としているが
どっちが正しくて、どっちが間違っていてとかいう問題は、
単に権力争いの領域で、
何十年も決着はつくことはなくて、
霊修行の妨げであったりする。



しかし、ここ数年で、
伝統宗教においても、聖霊を刷新する動きが現れているし、
個人個人の領域においても霊的な目覚めがあらわれていきている。

宗教という団体から飛び火して、日本全国で静かに目覚めつつある人はいる。
お互いに交流はありそうにもないのだが、
語る内容は本質的にはひとつ。

これは大きな大きな希望。


団体がわーっとやっていく役割と、
個人個人が目覚めて自由に霊的な探求をしていくものと。



いや、
もういい加減、派閥や宗派同士の狭い村社会で自他を分離するのってやめませんか?

もう、
何教が真理で、何教のことはよく知らないって、
お互いにお互い、自分の殻に閉じこもって、
異質なものを排除しようとする村社会的な宗教は時代の流れの中で淘汰されていくと思う。


違いは違いとして尊重しながら、
地球教や普遍教として、互いに手を取り合って、
道を歩む

そういうビジョンがある。



神というのは、対象とか思想や考え方を信じるのではなくて、
ーもし、そういう神があれば、それはイデオロギーであり、偶像なのですが、-

生ける永遠の命の働き。


そこに至れないものは、普遍とは言えない。

2015.09.28 Mon l 未分類 l COM(0) TB(0) l top ▲
1956年という年は、釈迦入滅2500年後、
かつ、魚座の時代が終わり、水瓶座の時代が来るターニングポイントとされている。

いわゆる、霊的な目覚めの時代である。

この年の前後に生まれて現在も活躍している霊的指導者を調べてみた。


幸福の科学主催の大川隆法は、1956年生まれ。
徳島県の地方に生まれ、平凡な能力を持ちながら、努力を重ね、
名門高校から、東京大学の法学部に進む。
何千冊もの読書を重ね、企業につとめるかたわら、霊界と同通し、
その後、教団を立ち上げる。


また、「夜回り先生」でベストセラー担った教育者水谷修も同年に生まれている。
横浜生まれで、父親は蒸発し、母親と離され、秋田の貧しい農村で孤立した幼少期を過ごしたという。
中学高校時代は神童と呼ばれながら、左翼活動に参加する。
しかし、友人の自殺をきっかけに総括という暴力を受け、活動からは手を引く。
カトリック教会の洗礼を受け、上智大学に入学するも、生活は荒み、
神の存在を巡り神父とも対立。
学長の愛に触れ、教職の道に進む。


保守的で霊的な力も形骸化しつつあるカトリック教会にたいして、
宗教の垣根を越え、普遍的かつ、全員が救われると宣言する司祭
晴佐久昌英は一年遅れた1957年生まれ。
カトリックの両親のもと、教会大好きっ子として育つ。
神学校で、霊的な闇を経験するが、ある時、「私はある」という啓示を受ける。



2015.09.07 Mon l 未分類 l COM(0) TB(0) l top ▲
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