上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
--.--.-- -- l スポンサー広告 l top ▲
私が、宗教が嫌いなのは、
ひとえにそれが、「素晴らしい」からです。

どこもかしこも、素晴らしさを競っているようだ。

読んでいて、私の目が清くなるのを感じる。

言ってることは、正しい。

どこまでも立派で、反論できないから癪に触るのです。

ある人のとく一元的な価値が絶対だから。

素晴らしい宗教は、一切の素晴らしくないものを軽蔑し排除するという、
自分でも気がつかない、とてつもないエゴイズムを内包しているのです。

あまりにも素晴らしい教えや人間は、そのエゴイズムに吐き気さえ覚える。

嫉妬でしょうか?
自分自身が素晴らしくなれないことに対する?
いくら努力精進を重ねても。

嫉妬?
あるでしょう。
自分自身が、素晴らしく「見られない」ことに対する。

違う。
もっと深く見れば、
よく見られたいとかいうことも、煩悩のなせるわざで、われも彼も、同じ欲望の価値観から逃れることはできていないのです。

権力争いに載っかてしまった。
降りれば、
あなたはあなたでいられ、もはや自由です。







私が、宗教が嫌いなのが、
人間の罪や悪を見ないふりをしているから。
いや、己のそれを。

己の罪や悪を直視できずにいる。
ごまかしがある。

やはり、欲にとらわれている。

素晴らしい宗教には、心からの感動がない。


宗教を批判する、脱会者やアンチも実は同じ穴の狢。

「向こうは不完全。こっちは素晴らしい。」ゲームにはまってしまっている。

素晴らしい宗教に、実は信仰はない。

自らの罪を隠し、自分は素晴らしい人間だと思い込もうとする信仰には、恐れがある。
恐れゆえに、立派であろうとする信仰はもはや、信仰ではなく、律法である。

罪を解消できるのは、ただ、愛と信頼のみ。

信仰とは信頼。
罪ごと、見えぬが確かなものにかけて、投げ出すこと。

自己卑下も、尊大さも、信たりえない。

罪を作為なく直視すること。

一切の作為を棄てる。
棄てようとする意志も捨て去ること。








私が、宗教が嫌いなのが、
人から、個人の魂の言語や思考を奪ってしまい、画一化してしまうこと。

何とか教とか、なんたら先生の言葉を、自分のアイデンティティと同一化して、
宗教の枠の中に、自らを埋没させて、生かす。

彼らは、自分自身の考えというものを持たないし、
熟慮するということもない。



私はいかなる宗教も神仏も信じない。

そして、それゆえ、私は一切の宗教も神仏も信仰する。

宗教も哲学も、霊の影であって、それを対象として崇めることにはなんの意味もない。

一切の宗教は、霊で触れることが肝要であり、
また、霊によって語ることのみが、真理たりうる。







スポンサーサイト
2015.07.31 Fri l 未分類 l COM(0) TB(0) l top ▲
お釈迦様は、欲望を捨て解脱することを説く。

孔子様は、立派な人間になるよう礼や仁を説く。

ソクラテスは、魂を世話し、善く生きることを説く。


現代では、魂の成長、進化、そして、発展を説く人が多い。


全て、素晴らしい。

非の打ち所のない清らかで完成した目標。

実に、人間が目指すべき姿、追求すべき努力の目標。



キリストだけは、違う。

どっちが上でどっちが下で、どっちを信じるべきだとかではなく。

彼は、罪人のための神であった。
立派とは程遠い、ビッチや政府の犬や物乞いや、汚れ穢れた人の中に、奥に、ふみこんでいった。

神の愛は人間社会のしがらみの一切を超える。

彼が警告したのは、人間社会で立派にやっていて、傲慢な人びと。
清く正しく美しく見せかけている罪人。

理想論を地でいく。
しかし、絶対に上から目線で綺麗事は語らない。

自らも最も傷ついて見せた。


神の意志は、本当に人間には理解できない。

いや、あまりにも理解できるがゆえに、人間は神の無限の愛の前に、自らが愛の欠如した罪人だとつまづくしかないのだ。

キリストのように愛することができる人間など、いない。




リストカットを繰り返す子、
親の虐待や麻薬、いじめといった地獄の中で、
「立派に生きなさい」と上から目線で正論を吐き、それをしたくてもできない人を裁くことは、本当は人間にはできない。

ただでさえも、罪を犯さざるを得ない弱さの中で苦しんでいる。



神の光と愛はそれでも、その命と魂を肯定する。





2015.07.08 Wed l 未分類 l COM(0) TB(0) l top ▲
http://youtu.be/V_Z3kkmBhqI

我ながら、他のどの訳よりも、グッとくる訳になったと思います。
2015.07.07 Tue l 未分類 l COM(0) TB(0) l top ▲

2015.07.07 Tue l 未分類 l COM(0) TB(0) l top ▲

宗教の怖さ。

「これやっちゃいけない」というのが、
「取り囲んで、入会するまで帰さない」とか、「信仰の押し付け」。

取り囲む人も、取り囲まれた人は、最初はニコニコしているが、
「なんか違う」が言えなくて、胸の中にモヤモヤした嫌な嫌な気持ちを感じたまま逃げ帰る。
その感じは、例えるなら、レイプやセクハラを受けた時のような。
信じていたものに最後の最後で裏切られたような。

「お前の幸せを思って」と言いながら、
実は、自分の気持ちなどちっとも尊重などしていない。

周りには誰も見方がおらず、
しかも、全員が、「自分は正しい!」と思い込んでいるから、
こちらの意見がいかに正論であろうと、対話は成立しない。

いかなる論理も、相手には通用しない。
彼らの言いたいことはつまり「俺たちのいうことを聞け=教団に入れ」なのだが、それを幾千幾万もの綺麗な言い回しでごまかしていたにすぎない。



その宗教がそれまで、いいことや素晴らしいこと、勇気が溢れ、人生を切り開くエネルギーに満ち溢れている言葉で溢れているほど、
勧誘される人間のうちの矛盾と恐怖は大きくなる。


恐怖のうちに逃げ帰った人間は、その感情を誰にも相談できないし分かってもらえない。
言い表せぬモヤモヤを言葉に表すと、周りから疎まれる。




これを克服する方法は、単純。

あることにさえ気がつけたら、
全ての謎が解ける。

戦わなくて済む。



つまり、相手の中にも、自分の中にも、劣等感や恐れや恐怖がある、ということ。

双方に恐れはあって、お互いを引きつけている。
本心は幸福でないのに、幸福であるフリをしているから、同じようなフリをしてごまかす仲間を探す。

相手の不幸に漬け込んで、支配しようとする。
言葉では幸福を語りながら、心の奥底では恐怖が自分を支配している。

だから、押し付けがましく、不自然に立派で完璧で善に満ちている。
何かを隠すように。
バレないように。
自分の本心を決して語れない。

不自由のまま、自由のフリをしている。



もし、本当に信じる側が満たされていたら、
その人は、人をコントロールすることからは全く解放されているはず。

反動で、
アンチや無神論になる人もいる。

この過程は、依存から抜け出して自己確立をするための脱皮のようなもので、
実は必要不可欠。

自分自身、誤っていると心の奥底ではわかりつつも、他人に自分の評価を下されることに反発し、その他人の物差し自体が狂っていることを知っている。
それゆえに自分の衝動が、同時にどこまでも正しいと知っている。

この、カルトや宗教の束縛から自由になるために、自分自身の魂が汚れる痛みや苦しみ、
正しさと過ちが分からず、霊的な暗闇を彷徨う道のりは、
それが果実を実らせるまでに、その人の土を耕す。

全ては、霊的な成長の過程に過ぎない。


克服のためには、自分自身の魂を自力で進化させていくことが一番手っ取り早い。




自分自身が、幸せであること。






2015.07.06 Mon l 未分類 l COM(0) TB(0) l top ▲
人間は創造的な生き物である。

神は人間を創造したが、
神が直接、人間社会に介入することはない。

人間が神の手伝いを使命としてなすにすぎない。

神は、宇宙に遍満する巨大なエネルギーであり、秩序。

神は、人間の創造的な力に手を貸す。

そして、
それが、良きものであれ、悪いものであれ、選択せずに手を貸す。


人間が神を造ったのか
神が人間を造ったのか。

この矛盾する命題はどちらも真である。

神は人間を創りつつある。
そして、それは、とりもなおさず、神が人間において、自己自身を宇宙において新たに創造しつつあるということなのだ。

神は、人間を
創造するものとして創造した。

そこに、
人間の偉大さと、同様に愚かさもある。

神は人間に正しさを強制することはないし、裁くこともないで、
人間の過ちの内に生命をなおも支えている。

神を利用して、
正しさを強要する人間を、神は嫌うようだ。
たとえそれが、いかに正しいことであったとしても、
人間の自由意志や創造の力は神聖不可侵のようだ。

たとえ、悪にそれが向かっても。

悪に対する報いは、良心の痛みや、苦悩。


人間と神は、奴隷と主人では決してありえない。
子と親か、それ以上の関係である。

神の意図を読み取らねばならない。

しかし、その意図は、あまりにも簡単すぎて、
誰にも分からない。

愛という簡単なことは、至極難しい。

創造は、愛に沿ったものであればふさわしい。







2015.07.01 Wed l 未分類 l COM(0) TB(0) l top ▲
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。